2014年10月06日

何だか切ないことだ

私はリタイアしたら地方の実家に帰る。
だから、「会社を辞めること=関西の都市部を去ること」だ。
高校を卒業してから35年、関西の都市部で生活したきた。
それなりに思い出も関係もある。

数年前まではこのままマンションでも買って、ここに住もうかと考えていた。
しかし、リタイアに気持ちが傾いてから、すっかり里心がついてしまった。
結局私にとってここは出稼ぎの場所に過ぎなかったのだろう。
永い、永い出稼ぎの場所。

それなりに多くの人と関係を持ってきたが、今はほとんど残っていない。
こちらで結婚し、子供を持ったら別だったろう。
しかし、男一人であれば、学生時代の友人がわずか、会社の友人が数人というところだ。
会社の友人などは会社を去れば疎遠になる。
永い割には随分とさっぱりしたものだ。

とはいえ、長年過してきた地だ、執着もある。
そこに多くの悔恨があるからだ。
それらの悔恨が改善される機会はこれで永久に失われることになる。
何だか切ないことだ。

posted by なすび at 18:44| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月10日

私の家

私が小さい頃、家は大家族だった。
曽祖母、祖父、祖母、父、母、叔父、叔母が二人、姉、私の10人家族だ。

私が10歳になる頃には家族は半減した。
曽祖母、祖父が死に、叔父は結婚して独立し、叔母二人も嫁に行ったからだ。

それから随分して、姉が嫁に行き、祖母、父と続けて亡くなったので、いまは母と私の二人だ。
私は18から他所に出ているので、実際は母一人ということになる。
嫁に来てこの家と血縁がない母だけが残っているのは不思議な気もするが、近所を見ても大体そんな感じだ。
やはり女は強いのだろう。

大人になって知ったのだが、曽祖母は曽祖父の後妻で、祖父と血の繋がりがなかった。
曽祖母は当時としては随分長生きだったが、他人ばかりの家の中で生き残るには知恵も使っただろう。
母が嫁に来た当初、何かと母を贔屓にしてくれたという。

実は祖母も後妻だったが、子供たちはすべて彼女の実子で、肩身は狭くなかった。
母も後妻であれば三代続けてということになるが、幸い(かどうか)父は初婚であった。

私はもちろん曽祖母を記憶しているが、曽祖父は知らない。
母も知らないので当然である。
現在の家族(母・私)が知っているのは、曽祖父の名前と逸話の一つ、二つである。
それがすべてだ。
曽祖父より先の祖先は名前さえ知らない。

旧家には家系図があって、随分昔の祖先の名や逸話が残っているのだろう。
しかし、私のような普通の家では四代前が精々だ。

posted by なすび at 21:50| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月07日

嗜好品

最近煙草を吸わない人が多いが、私は酒、煙草、珈琲と一通り喫する。
酒は少々ヘビー気味だが、煙草、珈琲はライトユーザーだ。

1日の平均的な量で、
 酒・・・安いビール2本+まあまあの日本酒1合
 煙草・・10数本
 珈琲・・3杯

金額にして、
 酒・・・100円×2本+250円
 煙草・・300円
 珈琲・・90円×3杯

合計で1日に1,020円、月に3万円強になる。
結構なものだ。

会社を辞めれば、珈琲を自販機で買うことはない。
ストレスもなくなり、全体的に量も減るだろう。
1日に700円、月に2万円強と予想している。

嗜好品は必要なものではないが、暇つぶしの趣味としては格安かつ上の部類である。
私はゴルフも賭け事もしない。
それを理由に自分で「よし」としている。

ちなみに母は酒、煙草、珈琲のいずれもしないが、代りに猫が使ってくれる。
老猫だが食欲は依然旺盛だ。
詳しい話は聞く気もしないが、猫缶も猫砂も相当掛るらしい。
もちろん猫の知ったことではないので遠慮する気配はまったく見られない。

posted by なすび at 18:58| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月05日

実家での食生活

私は実家に帰っても7時過ぎには目を覚ます。
猫が鳴いたり、母が起き出したりするからだ。

まずは母がコーヒーを入れてくれる。
それを飲みながら、煙草を吸ったりする。
ハムエッグとトーストを準備してくれるので有難くいただく。

10時位になると母が洋間にいる私に所に来る。
昼はどうしようかと。
その頃には猫も私のところに来ていて、母は猫をなでながら訊ねるのだ。

今回は茶漬が多かった。
焼鮭や漬物、ちりめん山椒であっさり食べた。
そもそも動かないのだから腹も空かない。

洋間の傍には古い手水鉢があって、野鳥の番が羽音を発て水浴びをしたりする。
私は興味深く見ているが、猫は関心を示さない。
十分喰い足りているのだろう。

3時位になると、また母が訊ねに来る。
夜はどうしようかと。

今年の盆はT家から貰った海老がフライの準備をして冷凍してあった。
エビフライでよかろう、あとは飯と味噌汁があれば十分だ。
母はまた猫をなでた後、洋間から去ってゆく。

海の近くなので刺身は比較的安い。
刺身で日本酒を飲み、エビフライで飯を食べながらビールを飲む。
直ぐに眠たくなるので10時前には眠っていたはずだ。

posted by なすび at 19:03| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月02日

無理ではない

秋風が吹いて何気に物悲しい気分になってきた。
あまり内省的にならないよう気をつけよう。
人生には考えて分かることなど少ないのだから。

そんなときに思い出すのが岡倉天心の「茶の本」の一節だ。

 まあ、茶でも一口すすろうではないか。
 明るい午後の日は竹林にはえ、泉水はうれしげな音をたて、松籟はわが茶釜に聞こえている。
 はかないことを夢に見て、美しい取りとめのないことをあれやこれやと考えようではないか。

私の場合は一缶目のビールを早々に飲み終え、今や二缶目である。
空は既に暗く、アパートから見えるのは団地や家々の灯りである。
聞こえるのは行き交う車の音、遠くで電車が鉄橋を渡る音。

まったく趣はないが「はかないこと」や「美しい取りとめのないこと」を思うのは無理ではなかろう。

posted by なすび at 19:07| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする