2014年08月23日

私は歳をとった

女子バレーを観ている。
どうやら日本が勝ちそうだ。

バレーは世界的に人気がある競技ではないようだ。
だから比較的人気がある日本で大きな大会が開かれるという。

今日の相手はベルギーだが、ナショナルチームでもこれだけ多くの観客の前で試合をすることはなかろう。
若い彼女たちにとってもいい経験だ。

試合は一生懸命頑張って欲しいが、終わったら東京をエンジョイして欲しい。
東京は世界的にも魅力ある都市だ。
若い女性を喜ばすものも沢山あるだろう。
そうして日本を好きになって帰って貰いたい。

美しい場所を歩き、美味しいものを食べ、日本の人たちと接し、日本の魅力を感じて欲しい。
多様性に富んだ土産を買い、自国に日本の良さを伝えて欲しい。
試合の行方などそっちのけで、私はそんなことを考えていた。

私は日本人で、日本の地で死んでゆく。
確かに私は歳をとったのだろう。

posted by なすび at 20:57| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

40代を振り返る

40代は仕事にも自信があり、活躍したいという思いが強かった。
反面、現実の会社構造が見え、失望することも多かった。
何をしたかではなく、誰に従ったかが評価評判において重要だったからだ。

私は職場を大リーグの球場のように捉えたいと思った。
知恵と力で勝負し、結果に応じて収入と評価を得られる緑の美しい場所。
今の会社にはそのような場所はありそうになかった。

初めて転職活動したのは41の歳だ。
システム大手数社に応募したが、ほとんど断られた。
年齢が行き過ぎていたのである。
中堅会社はこちらから断った。
処遇にも、戦うべき場所にも拘りたかったからだ。

私は行くべき場所がないことを悟って鬱屈した。
唯一の希望がアリリタだった。
活躍もできず、望む評価が得られないならせめて自由気儘でいたかった。

アリリタの準備は転職活動以前から行なっていた。
資産、収支を把握し、エクセルでリタイア後の収支表を作ったりしていた。
いずれにしても、50近くまで会社にいることは必須だった。
その頃は年金を25年掛ける必要があったからだ。

私は再就職は考えなかった。
私の望む場所はないだろうし、中途半端な会社なら今の会社に居続けた方が実入りがよい。
基本完リタで、仕事は自己実現のためにやりたいことがあればやるという思いだった。

しかし、25年まで後4年もあった。
やる気もなくなっていたので、職場での評判は下がり続けていた。
過去の評価を切り崩しているような生活だった。
後4年はとても持たない気がした。

背に腹は変えられなくて、私は自分の中の禁じ手を使うことにした。
親しい年上の友人に彼の部署への異動を頼んだのだ。
しかも、課を持たして貰う前提でお願いした。
私のプライドとやる気を支える意味でも、ある程度権限を持って仕事をする意味でも課は必要だった。

幸いにも私の希望は叶い、それから8年になる。
彼とは後に袂を分かったが、彼には今でも感謝している。
その組織である程度やりたい仕事はできたし、完リタしてもやっていけるだけの蓄財ができたからだ。
あの機会がなければ、50前で会社を辞めて、不完全燃焼かつ経済的に不安を抱えながらリタイヤしていたことだろう。
もちろん、それはそれで一つの選択でもあると思うが・・・。

40代を振り返ってみたが、今と変わっている点はどこだろう。

@活躍し、評価を得たいという思いが強かった
 もちろん今でもあるのだが、以前ほど強くはない。
 いつまでも会社人としての充実を追い求めてもしかたがない。
 次のステップ(リタイア後)の方が大切な年齢になってしまったからだ。

A将来の生活に対する不安が大きかった
 金の問題はほぼクリアされたので、この面での不安はない。
 独りで生きることについては諦めもついたし、よい点も多数あることに気がついた。
 また、世に独身者が増えてきたので、何となく心強くもある。

いずれにしても、大手企業に勤める独身者として勝手気儘に生きてきた10年間だった気がする。
会社や人がどう思うかよりも、自分がどう感じるかを優先させようとしてきた。
(当然この試みはほとんど失敗した。)
私のような性格では自分で起業するしか成功はしないだろう。
いまさら謙虚に悔い改めるキャラでもなく、後はしかるべきアリリタのタイミングを待つだけである。


posted by なすび at 17:02| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

実際はこんなもの

私の人生などさほどのものではないが、それでも転機と思えることが幾つかはある。
当然その時何らかの選択をしたわけだが、思い迷った記憶はない。
いたってあっさり選択をした。

もちろん結果として得になった選択ばかりではない。
損だったと思うことも多い。
しかし迷わず選んだということは、そのとき既に私の気持ちは固まっていたのだろう。

何が私の気持ちを決めていたのか。
私の性格、過去の体験、置かれた状況・・・。
どれも自分のもののようであり、自分のものでない。

だから正直私は自分の人生を自分で選択したという気がしない。
あらかじめ決められたレールに沿って生きてきたような気がする。

 **

私は選択には悩まなかったが、振り返って、もし違う選択をしたらどうだったろうという煩悶というか、後悔はよくした。
いつまでも、いつまでも昔のことを思い返しては悩んだ。
それは今でもある。

50過ぎた人間としてはもう少しマシな心根を語りたくもあるが、実際はこんなものである。
まあ、この程度の人間なのだろうと諦めてはいるが、次に生まれてくるならもう少しマシな人間にと願っている。


posted by なすび at 22:19| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月24日

デパートの幻想

デパートへ行っても最近買いたいものがない。
それなりに素敵なものはあるのだが、大枚を叩いても買いたいという気にはならない。

高級品は概ねミエのものだから、社交をしない私には関係がない。
一人で楽しむインテリア・生活雑貨も最近は興味薄だ。
早晩アリリタして実家に戻るから、今の住いに合せてもしかたがない。

歳を取るとナルシズムやミエといったものが減ってくる。
金持ちのおばさんなんかは違うだろうが、私は明らかにそうだ。
独身中高年男はあまり社交などしないものである。
若いお姉ちゃんに遊んでもらったら違うかもしれない。
しかし、財布が急速に軽くなるのでこの方法は採用できない。

ときに寂しく思うこともある。
物で幻想が買えるなら羨ましいことだ。
私にはそのような幻想が持てない。

そうなると同じ機能であればわざわざ高いものを買う必要はない。
ユニクロやスーパーの品で十分だ。
紳士服フロアは寄りもせず、インテリア・生活フロアも一回りしただけで、地下食料品フロアに向う。

食べ物は食べたら明らかに味が違うので、デパートに行ったときくらい多少いいものを買う。
とはいっても、一品500円程度の惣菜を数点買うくらいである。
価格と味の条件が折り合う品は限られているので、いつも大体同じものだ。
日野菜の漬物、鶏塩焼き、スモークサーモンなどを買って、家で一人酒を飲むのである。

posted by なすび at 15:47| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

宗教が嫌い

私は昔から宗教が嫌いだ。
特に新興宗教。
嫌いな理由を以下に挙げてみる。

@価値観を強要される
 私は他人から何かを強要されるのが嫌いだ。
 したいことでも強要されるとしたくなくなる。
 何より私から心まで奪わないで欲しい。

A集団行動を求められる
 集団行動とはある種の強制だろう。
 ある関係・役割を求められる。
 自由を縛られるのは嫌だ。
 自分の時間は自分の好きなように使いたい。

B金や労働を求められる
 無料奉仕どころか、お布施まで求められる。
 ただ働きする気には永久になれない。

C貧乏臭い
 集会の場所や食事も貧しそうだ。
 私は一流ホテルの豪華な宴会が好きだ。

要は個人主義者、快楽主義者であろう。
宗教にハマる人の気は知れないが、伝統宗教なら@〜Cが緩いので標準的な対応はする。

また、書いているうちにブラック企業との共通点を感じてきたが(@AC)、さすがにBはないので数倍ましと言える。

posted by なすび at 18:39| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする