2016年11月13日

私の住んでいる場所

私は地方都市の郊外に住んでいる。
市の人口は10数万、近くに大都市はない。

市の中心部(駅前)まで4キロ(クロスバイクで20分)。
徒歩5分以内に大型スーパー、バス停、地銀がある。
2キロ以内には飲食店、飲食チェーン店、ホカベン、病院があるから、自転車だけで生活は成り立つ。

しかし、行楽地へ行くには車が必要だ。
ニトリやホームセンターで買い物するにも車は必要。
だから、コンパクトカーを所有している。

自宅は住宅地の中にあるが、意外と人付き合いはない。
隣家のおじさんと庭の塀越しに話をする程度である。
母は数人の友人があるようだが、好んで付き合っているだけで無理はしていない。
よく「田舎は近所付き合いが煩わしい」という話を聞くが、よほど大田舎なのだろう。
私の近所ではマンション程ではないが、都会の住宅地並みにはクールである。

工場誘致に成功したせいか、人口はそれほど減っていない。
田んぼを潰して新築の住宅地もできている。
一方で、一人暮らしの老人も多く、空き家や空き地も目立つ。
工場があるからだろう、中国人の若い女性が数人、自転車に乗って行動している姿を目にする。

土地は安いが売れない。
私が相続した20年前の半額以下だろうか、地価は下がり続けている。
私は自宅の不動産を自分の資産の対象から外している。

やはり地方だから都市部に比べ空気はきれいだ。
しかし、近年、家の前の道に車が増えて、必ずしも環境がいいとは言えない。
一方で、郊外の道は車が少なくドライブは快適である。
行楽地に行っても駐車場は無料だ(行楽地自体も無料の場所が多い)。
車を運転していると、このままどこにでも行けそうな気がしてくる。
運転が嫌いでなければ楽しい場所だ。

外食は都市部に劣る。
値段もそれほど安くはない。
スーパーは品も価格も都市部と大差はない。
道の駅に行けば、魚や野菜は安くて新鮮。
デパートや専門店は少ないから高級品、特殊な品は手に入り難い。
ネットで買うしかないが、私は今のところ必要としていない。

思いつくままに書いた。
地方都市(中田舎)への移住を考えている人の参考になれば幸いである。

posted by なすび at 22:54| Comment(10) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

とりとめのない話

相変わらず地元観光を続けている。
他にしたいことがないのだからしかたがない。

最近は雨が降ったり、暑かったりで、移動はもっぱら車である。
3000キロ以上走っているのでデミオにも随分と馴染んできた。
コンパクトカーは小回りが利いて、燃費もいいので便利だ。

地方平日の観光地は人が少ない。
それがいい。
有名な観光スポットには案内のおじさん、おばさんがいる。
リタイアしたボランティアだろう。
彼らも暇だから同じく暇な私に付き合ってくれる。

私は歴史好きで、下調べもするタイプなので、彼らの表面的な説明では満足できない。
つい突っ込んだ話題を振って彼らを困らせている。

地方といえども観光地はきれいに整備され、無料ガイドまでいる。
無料で見せてくれる場所も多い。
日本は余裕のある国だ。

私はボランティアをするほど人間好きでも勤勉でもない。
退屈すれば家で酒でも飲んでいるだろう。

しかし、私のような人間ばかりでは詰まらないので、ボランティアをする人も必要だ。
世の中、私の邪魔にならない限り、いろいろな人がいた方がいい。

何だかとりとめのない話になった。
私の生活がとりとめがないのでしかたがないだろう。

posted by なすび at 17:41| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

賢くない私

実家に帰って何十年ぶりかに母と二人暮しを始めた。
正直「こんな人だったのか」と驚くことは多い。
子供時分の記憶と繋げていくと「なるほど」と納得する。
そして、この母の子供だから私も姉もこの程度かと諦めたりするのである。

世に少数の立派な人がいるが、きっと親が立派なのだろう。
なかなか「藍より青く」はなれないものだ。

私は頭のいい友人が欲しかった。
一を聞けば十を知るような人と友達になりたかった。
まあ、頭がいいのだから立派な大学を出て、立派な就職もしているだろう。

しかし、それだけではない。
世の理が分かり、理屈を理解し、理想も分かり、現実も理解し・・・何より自分をよく知っているだろう。
本当は自分がそんな人になりたかった。

そんな人はこの世のどこにいるのだろうか。
私は大手といわれる会社に勤め、そこで出世したり、学歴が高い人とも接したが、残念ながらお目にかかったことはない。
大学で研究でもしているのだろうか。
一人世を離れ、孤高の生活をしているのだろうか。

きっと賢い人は賢い人同士つるんでいるのだろう。
賢くない私には関りのない世界があるはずだ。

posted by なすび at 22:40| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

それなりに楽しかった

ブログの更新が滞っている。
理由は簡単で、日々の生活に変化がないからである。
なにより頭の状態に変化がない・・・。

朝起きてコーヒーを飲む。
ネットを少々見て、車か自転車で出かける。
観光をして、昼は外食。
3時位に家に戻り、金麦を飲みながらネット。
母が作った夕食を食べた後は風呂、そして明日のスケジュールを決める。
夜は早めに寝る。

基本頭は使わない。
当面生活に困らないし、しなければならないこともない。
資産運用も面倒だからしない。

考えるのは暇つぶしの方法だけ・・・と言いたいが、考えて暇がつぶせるわけもない。
思いついたことをするだけだ。
私のような暇人は思考よりも感覚を大事にしたほうがいい。
思考は結局「過去の万人受けする成功事例」を教えてくれるだけだ。

今日はアジサイを見て、ラーメンを食べた。
江戸時代の商家を見学した。
それなりに楽しかった。

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posted by なすび at 20:26| Comment(7) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

そんなことか、つまらない

若いころ、私は「おべんちゃら」に弱い人間だった。
「おべんちゃら」を言われると、単純に自分のことを高く評価してくれている、自分の真の姿(?)を分かってくれていると思い、その人を信用したものである。
実際は私に多少利用価値があり、私から利益を引き出したくて持ち上げただけだろう。

しかし、私にはそれが分からなかった。
私自身「おべんちゃら」を言う習慣がなかったからだ。
多少の損得のために、心にもないことを言うなんて思いもよらなかった。
だから他人が私を褒めると、すべて本当のことと勘違いしたのである。
もちろん、それが自分にとって都合がよかったこともある。

やはり人間は自分のすることを基準に他人を見るしかない。
自分がしないことは他人もしないと思う。
また自分がすることは他人もすると思う。
それしか方法はないので概ね間違いではなかろう。

若い私に問題があったとすれば、私に「おべんちゃら」を言う習慣がなかったことだろう。
一般的にいえば「プライド高過ぎ」な若者だったと思う。

この性格によって損をしたことは間違いない。
人に騙されて金銭を失ったこともある。
先輩に遠ざけられ、よいポジションを貰えなかったこともある。

リタイア後、実家に帰って母と接するに、どうもこの性格は私の家族に共通のものらしい。
遺伝子なのか、家庭環境なのか、とにかく家から引き継いだことは間違いなさそうだ。
私の若かりし頃の悩みのもとは結局「家庭の習慣」を引き継いだだけのことである。

そんなことか、つまらない。
過去にそれなりに悩み苦しんだだけに何だかがっかりである。

posted by なすび at 21:34| Comment(8) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする