2016年02月14日

なるようにしかならない

人間持って生まれたものがあるから、無理をしても大した進展は期待できない。
しかし、無理をしなければ生活を賄うこともままならない。
少しの無理ならまだいいが、大きな無理を続けることは辛い。
できれば少しの無理で一生を終えられたらと願う。
誰しも考えることだろう。

私は子供の頃から人に頭を下げたり、組織に縛られることが嫌いだったので、大人になると辛いことになる予感はあった。
浪人をしたのも、芸術に関心を持ったのも、大人になることから逃げ出したかったからだろう。

その予感通りの人生になったかというと、実際はそうでもない。
真っ青になったり、怒りや屈辱に震えることは何度かあったが、それなりにやり過ごすことはできた。
会社に行くのが嫌でしかたがない期間もあったが、得意絶頂の瞬間も幾度かあった。

そこそこの大学を出て、大企業に勤められたことが大きかったと思う。
個人で稼げるとはまったく思えなかったから、安易に会社を辞めなかったのもよかった。
結婚をしなかったから、それほど節約に励まなくても55でリタイアすることができそうだ。
これが私の命運だったのだろう。

他人に過度な期待は禁物であるように、自分にも過度な期待は禁物である。
歳を取れば諦めとともに納得することだが、若者がそれを受け入れることはできない。
私もそうだった。
要はなるようにしかならないということだろう。

posted by なすび at 18:05| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

目に見えない世界を信じる

漫画家の水木しげるが亡くなった。
それをきっかけに、ネットでよく取り上げられたのが彼の人生訓「幸福の七か条」である。
いかにも水木らしく、興味深く読んだ。

 ・成功や栄誉や勝ち負けを目的にことを行ってはいけない
 ・しないではいられないことをし続けなさい
 ・他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし
 ・好きの力を信じる
 ・才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ
 ・怠け者になりなさい
 ・目に見えない世界を信じる

私は以前、水木の自伝漫画を読んだことがある。
彼は子供の頃(昭和の始め)から超マイペースで、寝たいときに寝たいだけ寝、食べたいときに食べたいだけ食べていたようだ。
自然に目が覚めるまで起きない、朝食は時間をかけてゆっくり食べる・・・よって小学校には毎日遅刻して行った。
しかし、本人がまったく気にかけないので、とうとう親も先生も諦めて好きにさせていたとのこと。
生まれながらのマイペース野郎である。

こういう人間だからそもそも一般人とは別次元である。
この人生訓も悩み、苦しみの中から編み出されたものではなく、彼が子供の頃から自然と実践していた行動規範というほうが正しいだろう。
組織の規律に悩み、何とか逃れようとし続ける我々一般人が安易に参考にできるものではない。

凡人が非凡を真似ても仕方がない話だ。
我々はせいぜい周りを見渡して、息が抜けそうなときに息を抜く程度でよいのだろう。
下手に水木の真似をすれば、手痛いしっぺ返しを食らうかもしれない。

私はこの人生訓の中では「目に見えない世界を信じる」が好きだ。
世の中にはまだまだ不思議なことがある・・・と思えるのは楽しく、心温まるものだ。
もし水木の心境に近づけるとすれば、目に見えない世界を本当に信じ切れたときだろう。

posted by なすび at 20:37| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月23日

人とは

もし後輩に聞かれたら、こう答えたいと思うことがある。
しかし、50半ばになる現在まで誰にも尋ねられたことがないので、ブログで自問自答することにする。

それは「人とは?」という問いであり、答えは「変わらないもの」、そして「疑ってかかるもの」である。

「変わらないもの」は随分と若い時分から、そう思っていた。
変わろうと努めても努めても、自分がちっとも変わらなかったからである。
だから、人とはそのようなものだと理解した。
そう思って、身近な人を眺めてみると、確かに彼らも変わらない。
親兄弟など付き合いが長いから、長期にわたって観察ができる。
欠点はいつまでも欠点のままであり、長所も(他人の長所は気づきにくいからよく分からないが)たぶんそのままだろう。

「疑ってかかるもの」は三十を過ぎてからだ。
もちろん、ここで疑うのは、金や利害が絡むケースである。
それ以外の言葉をむやみに疑うわけではない。

若い時分は、どちらかというと信じやすいほうであった。
いわゆる「おだてに乗りやすいタイプ」であった。
しかし、社会人経験を重ねると・・・自分に降りかかる損として実体験する回数が増えてきた。
その後長期にわたって、ひどい痛みを伴うこともあった。
いまや、誰も信じることはない。
十分に情報を集め、自分の好みや損得を推し量って、話に乗る乗らないを決めるだけである。

人生経験を積んだ中高年としては残念な気もするが、これが事実なのでしかたがない。
死ぬまでこの基準で人を判断すると思うから、あまり友達ができる気はしていない。

posted by なすび at 00:02| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月03日

ある夜の出来事

以前、アパートに中国嫁が住むようになった話はした。
たぶん、その知り合いだろう、私の隣室にも中国人夫婦が引越してきた。
ひとり中国人が住み出すと、途端に増え始めるのが中国人の習性だ。

この夫婦、仲がよろしくないようで、かつ、妻がヒステリー体質のようで、しばしば激しい喧嘩をする。
叫ぶ、物を投げる、壁を叩く、物騒なこと甚だしい。

その日も、深夜にやり始めた。
今までになく激しい。
アパート中に響き渡る感じだ。

私は夫婦喧嘩だろうと薄々思いながら、酒を飲んで、退屈もしていたから、つい隣家のドアを叩き、「何が起きてるの。大丈夫。」と声をかけた。
何度か声をかけるうちに、穏やかそうな夫がドアを開け、丁寧な日本語で「夫婦喧嘩です。妻がヒステリーを起こし、コントロールが効きません」と話した。
見ると床に座り込んで、女が泣き喚いていた。

決して安物のアパートではない。
夫も丁寧な日本語を話すから、それなりの会社で働いているのだろう。
可哀相に、変な女を掴んだものだ。

私は最近の中国の反日活動や、ふたつ隣の中国嫁の振舞いに気分を害していたから、悪いと思いながら、その穏やかな夫に八つ当たりをした。
私「ここは中国ではありません。日本に来たら、日本のルールを守ってください。」
 「日本人は隣近所のことを考えず、深夜に大喧嘩はしません。」
夫「私は理解しています。妻のヒステリーが止まらないのです。」
私「あなたの奥さんでしょう。あなたが責任を持ってください。」

とはいえ、問題はヒステリー妻だから、これ以上、夫を責めてもしかたがない。
最後に夫は「もう直ぐ離婚するのです」と言い出だすから、私も思わず「そうですか。離婚して、さっさと出て行ってください」と捨て台詞を残して引き下がった。

過去の喧嘩も離婚話が原因かもしれない。
せっかく日本に来たのに、また中国に戻らざるを得ない妻にも同情心が沸いてきた。

騒ぎはまだ続いているが、理由は分かった。
「うるさいな」と思いながら自室でPCを見ていた。

インターホンを鳴るから、夫が詫びに来たのかと思ったら、何と警察だった。
アパート中に響き渡ったから、誰かが呼んだのだろう。

警官は3、4人はいただろうか。
「隣で夫婦喧嘩をしていたようですよ」と言ったら、「分かりました」と言って直ぐ隣室に向った。
犯罪性はないから、事情を聞いて、注意して、それでお仕舞いだろう。

それだけの話だが、やはり外人は習慣が違う。
中国では激しい喧嘩も珍しくないし、それで隣人が注意をしたり、警察が来ることもないだろう。
文化の違う人が近所にいると大変である。
やはり移民は反対・・・という、いつもの話で終るのである。


【後記】
 翌朝、夫が私を訪ね、昨夜の騒動を詫びに来た。
 日本人でもできない人が多いのに、ちゃんとしたものだ。
 やはり、教育があり、しかるべき会社で働いている感じであった。
 意外にも、ふたつ隣の中国嫁とは無関係なようである。
 偶然、中国人が2部屋続いたことになる。
 それだけ中国人が増えているということだろうか。

posted by なすび at 20:54| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月30日

子供がいないということ

子供がいないのは一般的には残念なことだが、その人が属する組織にとってはプラスであることが多い。
仕事人生の後半に地位や金に執着することが少なく、仕事のための仕事をしてもらえるからだ。

彼には金を残すべき対象がいないし、父親の出世を共有する対象もいない。
純粋に会社のため、自分の美意識のために仕事をするケースが多いだろう。
だから、醜い社内政治や出世競争から一線を引くのである。
それは組織を健全に保つには大変よいことである。

汚職天国の中国でも子供がいない官僚は汚職をしないという。
まったくしないわけではないだろうが、自分と親や妻が贅沢できる程度で止めてしまうのだろう。
リスクを冒して汚職をしても、残すべき対象がないのだから、どこかで歯止めが利く。
兄弟やその子供のために無理をする人は少ない。

日本では安倍総理は子供がいない。
夫婦とも生まれながらの資産家だから、子供を産まないと決めた時点で、出世のための出世は念頭から外れているだろう。
彼が今、日本の総理という面倒な重労働をしているのは、政治家として何かを残したいという個人の美意識だろう。
一回目に失敗したから、リベンジで名誉挽回したいという気持ちだけかもしれない。
安倍政権の施策に問題がないわけではないが、「利権の遺産」を子に残す気がないから、比較的クリーンであることには確かだと思う。

私自身30後半で「結婚は無理」という感じがしたから、それ以降、子供を持つことは基本考えなかった。
だから、仕事は自分の美意識、やりがい、納得が主軸になった。
それで、ある程度収入が得られたら「よし」と考えていた。
上に上げてもらいたくて上司に媚びたこともほとんどない。
結果、大して出世もしなかったが、害をなすことも少なかったと思っている。

子供がいないということは当人は残念な気もするだろうが、組織のトップになる人には「いないほうがよい」と思う。
子供に後を継がせたくて晩節を汚す政治家、経営者は本当に多いからである。

posted by なすび at 17:22| Comment(12) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする