2020年10月24日

高価な買い物ほど間違う

車は高価な買い物だから、自分の用途や好みを把握し、様々な車を比較し検討すると考えがちだ。
しかし、意外とイメージやブランド優先で、じっくり比較検討せず決めているケースが多いような気がする。
むしろ安価なものより高価なもの(家・車)の方がその傾向が顕著かもしれない。

人は高価なものに夢を投影しがちだ。
手に入れるのに多大な金や労力が掛るのだから普通では詰まらないと考えるのだろう。
夢は現実の用途や好みに合わない。
合えば、それは夢ではないだろう。
結果、現実に合わないものを手にして戸惑うことになる。

今日のランチや掃除機の購入には、そのような夢はない。
だから、間違わない。

結論・・・私は国産コンパクト車で十分だw

posted by なすび at 21:16| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月18日

穏やかな血

我々の遠縁は縄文人であり、彼らの歴史は長い。
しかし、現代日本人の直接の祖先は弥生人であり、縄文人と中国大陸や東南アジアから来た人との混血である。
弥生人は10数パーセントのDNAを縄文人から受け継いでおり、彼らが成立したのは2500年前くらいだ。
それほど、古い話ではない。

弥生人は日本本土の大半に進出したが、北海道には定住しなかった。
弥生人の主要作物である米が栽培できなかったからである。
ということで、北海道は縄文人が混血しないまま住み続けた。

1700年前にオホーツク列島からオホーツク人が北海道に移住し、縄文人と混血した。
1000年前に大陸北部からアイヌ人が移住し、縄文人と混血したオホーツク人とさらに混血した。
これが近代のアイヌ人である。

アイヌ人は北海道の先住民族ということになっているが、これは結構微妙である。
元々の先住民族は縄文人であり、縄文人は弥生人(現代日本人)の祖先でもあるから、現代日本人とアイヌ人は同族ともいえる。
アイヌの歴史は極新しく(鎌倉時代)、それ以前に弥生人は北海道に住んでいたことは間違いない。
頑張っても米が取れないから、結局農地を放置しただけである。
北海道に住んだ歴史としては、縄文人→弥生人(長期定住せず)→オホーツク人→アイヌ人という順である。

以上が歴史的事実だが、現在、アイヌは政治問題になっている。
人権利権、すなわち中韓利権と売国政治家が日本国の税金を掠めるために作った問題である。
これを熱心に進めてきたのが菅新総理というのだから、困った話だ。

それはそうと、縄文人というのはスゴイものだ。
侵略してきたどの種族とも争わず、融合し、混血し、DNAを残し続ける。
日本人は穏やかで争いを好まない人種といわれるが、間違いなく縄文人の血だろう。

posted by なすび at 13:42| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月15日

そのようにしか生きられない

成功や幸福はもって生まれた才能や家庭環境に寄るところが多い。
それらは自分では選べない。
物心ついたころには、その人の行く末はほぼ決まっている・・・残酷な話だ。

大人になってできることは、自分の才能や性格で精いっぱい楽しく、充実した人生を送ることだ。
が、そのような心境になれるかどうかも、その人の才能や性格による。
上を見て、焦り続け、消耗し続ける人も少なくない。

人生は不平等なものだ。
平和な先進国に生まれた人もいれば、戦乱の国に生まれ、幼くして砂漠に中で死ぬ人もいる。
日本に生まれた人の中にも、オアシスのような家庭に生まれた人もいれば、吹雪のような家庭に生まれた人もいる。

結局は、自分に与えられた才能や性格で生きるしかなく、実は大半の人はそのように生きている。
保身ばかりの公務員も、店員を怒鳴る老人も、暴走する若者も・・・そのようにしか生きられないのだから。

posted by なすび at 21:41| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月08日

天才は少ない

60年近く生きてきたが、「こいつは天才だ」と思える人に出会ったことがない。
残念だなと思っていたが、東大の医学部(理三)を卒業した人も、

 理三でも「こいつ天才だな」と思う人はほとんどいない
 だいたい努力と効率の鬼

とツイートしていたから、実際出会うのが難しいほどレアな存在なんだろう。

俗に賢いと言われている人も、ある能力が多少常人より優れているだけで、驚くような思考を持っているわけではない。
要は、みな凡人である。
凡人である私が「気づきもしない」「想像もできない」という思考をする人はマズいないということだ。
逆に言えば、多少観察と分析を訓練した人であれば、他人の思考はすべて想定内ということになる。
だから、自分の考察に自信を持っていいw

とは言え、私が実際に接したり、ブログを読んだりした人の中で、「こいつは理解できない」「ぶっ飛んでる」と思った人がいなかったわけではない。
残念ながら、そういう人はみな精神を病んでおり、学校、会社、社会から離脱して行った。
彼らがどうなったか知る由もないが、死んでしまった人も少なくないだろう。

破滅者と天才を比べるのは失礼な話だ。
要はそれだけ天才が少ないということだ。

posted by なすび at 21:04| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月20日

困った人たちの対処方法

世の中、困った人たちが大勢いる。
隣近所に迷惑をかける隣人。
組織の都合で市民や生徒を顧みない役所職員や先生。

こういう人たちを説得し、適正な行動を取らせることは不可能である。
言論による説得では彼らは変わらない。

一番いいのは「脅す」ことである。
とは言っても、暴力で脅すと犯罪になるので、こちらが困ったことになる(笑)。

隣人であれば、周囲が協力して皆で文句を言う。
あるいは、彼の勤め先にクレームの電話を入れる。
些細な違反行為を役所や警察にチクる。

役所職員や先生であれば、「この件を放置して問題が起これば、あなたがマズい立場になる」と言う。
「あなたの責任でこの問題が起きたと皆に言い触らす」と言う。

人は変わらない。
どう説得しても同じである。
一番いいのは「脅す」ことだ。
丁寧な口調で「脅す」。
これが困った人たちの対処方法である。

posted by なすび at 19:59| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする