2017年05月30日

怪しい結婚相手

・帰国子女でもないのにインターナショナル・スクールに通う
・父親は河原で自殺
・そのショックで父方の祖父母も死亡
・母子家庭なのに金の掛かる学校(中学・高校・大学)を選択
・美青年コンテストに出場
・鼻を整形
・三菱UFJ銀行に入社するも3年経たず退社
・現在は法律事務所勤務

真っ当なのは最後の項目だけで、あとは怪しいことだらけである。
三菱も身辺調査が厳しいのに、よく自殺家系の子を採用したな。

もし、このようなキャリアが成り立つとしたら、母方が社会的にかなり有力な場合のみである。
その場合も、息子はお調子者のバカ息子の可能性が高い。
母方が無名の場合は成り立たない。
そのときは相当ダークな香りがする。

知り合いに適齢期の娘がいて、結婚相手がこんなキャリアなら即反対する。
将来、酷いことになるのは目に見えているからだ。
もちろん高貴な家の娘さんであれば尚一層だ。

posted by なすび at 12:59| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

馬鹿について

馬鹿の特徴は自分が馬鹿であることに気づいていないことだ。
困ったものである。

逆にいえば、賢い人は自分の程度が分かっている。
Aさんよりは賢いが、Bさんよりは馬鹿だ。
総じて自分の頭は世の平均以上はあるだろう・・・などという思考ができる人だ。
こういう人はそれほど多くない。

自分がよく知っている分野で、分かり切った話を延々とされて困惑した人は少なくないだろう。
話している相手は私の実績やキャリアを知っているはずなのに・・・。
真面目で不遜な人ではないはずなのに・・・。
何かが欠落しているのだろう。

賢い人はこういう時、「釈迦に説法ですが」と前置きをしながら話を進め、相手の程度を見極めようとする。
相手の程度が分かれば失礼な対応をしなくて済む。
その人を支援するにしても騙すにしても程度が分かったほうが便利である。

しばらく会話をして、自分と相手の距離(程度の違い)を把握できない人は馬鹿である。
馬鹿が言い過ぎであれば、賢くない。

昨日は馬鹿と話して嫌気がさした。
そのストレスを発散したいがための記事である。

posted by なすび at 12:35| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

成功について

成功は世俗的である。
出世であり、金であり、魅力的な異性であり、人気である。

人は誰しも成功を望むと思いがちだが、実際はそうでもない。
成功が目の前に止まっているのに、手を伸ばさなかったり、自ら遠のいたりした経験がある人は多いだろう。
理性では成功を求めながら本心では成功を拒否している場合はある。

実際に成功はいいことばかりではない。
いい評判を維持するには自制し続ける必要もあるし、それに囚われて窮屈なことも多い。
有名人にはなりたいが、なってしまえば無名人の自由や気楽さはなくなるのである。

私は若い頃、成功の欠点には思い至らなかった。
若者はとにかく理性で解決できると思うから、成功を拒否する自分を不甲斐なく情けなく思ったものだ。
本心は成功を重苦しく受け止めていたから、それほど乗り気ではなかったのだろう。
結局、それで正解だったということだ。

posted by なすび at 20:36| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

説得などナンセンス

人は変わらない生き物だ。
だから、説得などナンセンスである。

とは思いながら、私もときに説得を試みる。
自分の感情を発散するためだ。
要は自己満足である。

正しい大人の処し方としては「私はこう思う。理由はこうだから」と話し、相手が乗ってこなければ、あっさりと打ち切るのがよいだろう。
私としては相手に配慮する必要はない。
自分が思うとおりにしたらいいのである。

しかし、自分一人では決定できない事案は厄介である。
夫婦や家族で意思が異なる場合である。
この場合でも極論すれば方法は二つしかない。
「相手との離反を覚悟し、自分の意思を通す」あるいは「自分の意思を曲げて相手に従う」。

こういうケースは正直に「私はこうしたい」と願望を述べるのが潔いだろう。
例えば「家族の生活は不安定になるが、私はもう働きたくない」という感じである。
当然妻子からは非難囂々だろう。
利害が異なるのだからしかたがない。

よく意見が違うという言いかたをするが、正しく言えば利害が異なるのである。
だから、理屈で説得することはまず不可能だ。
金でも渡したほうが余程いい。

posted by なすび at 20:52| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

賢い部分もあるし、馬鹿な部分もある

人とは失敗に学ぶものでもあるし、同じ失敗を繰り返すものでもある。
失敗に懲りて学ぶときは、その人にとって対象が大変関心がある場合である。
一方、失敗を繰り返すときは、その人にとってさほど関心がない場合であろう。

私に関していえば、蓄財や自分個人の業務パフォーマンスには関心があったから、同じ失敗を繰り返した記憶はほとんどない。
逆に、仕事上の人間関係については、どこかどうでもいいと思う気持ちがあったので、同じようなトラブルを繰り返したはずだ。

賭け事や女遊びに多大な金を使う人がいる。
私だけでなく多くの人に理解されない人だろうが、こういう人は基本的に蓄財に興味がないのだろう。

関心がないことに関心を持てといっても無理だから、結局、人は進歩する部分もあるし、進歩しない部分もあるということになる。
賢い部分もあるし、馬鹿な部分を残したままだといってもいいかもしれない。

posted by なすび at 20:44| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする