2020年01月20日

困った人たちの対処方法

世の中、困った人たちが大勢いる。
隣近所に迷惑をかける隣人。
組織の都合で市民や生徒を顧みない役所職員や先生。

こういう人たちを説得し、適正な行動を取らせることは不可能である。
言論による説得では彼らは変わらない。

一番いいのは「脅す」ことである。
とは言っても、暴力で脅すと犯罪になるので、こちらが困ったことになる(笑)。

隣人であれば、周囲が協力して皆で文句を言う。
あるいは、彼の勤め先にクレームの電話を入れる。
些細な違反行為を役所や警察にチクる。

役所職員や先生であれば、「この件を放置して問題が起これば、あなたがマズい立場になる」と言う。
「あなたの責任でこの問題が起きたと皆に言い触らす」と言う。

人は変わらない。
どう説得しても同じである。
一番いいのは「脅す」ことだ。
丁寧な口調で「脅す」。
これが困った人たちの対処方法である。

posted by なすび at 19:59| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月01日

宗教について

私は無宗教者だが、宗教自体を無意味なものとは考えていない。
宗教とは人間が心の安寧を得るために作った哲学の一種と思っているからである。

宗教によって救われたと思う人がいれば、それは結構なことである。
また、宗教によって人助けをしたいという気持ちが芽生えたのであれば、それは社会にとって有益なことだろう。

これらは私だけでなく、日本人の多数派の宗教観だろう。
しかし、本当に信心がある人はこのように考えないだろう。
自分たちが信じている神は人が考え出したもの・・・これは容認しない。
容認してしまえば、絶対感(高揚感)が得られないから、宗教自体が成り立たない。

私も人智を超えた宇宙の秩序のようなものはあると思う。
それを神と名付けてもいいが、それが3000年前に現れた釈迦であるとも、2000年前に現れたキリストであるとも思わない。
宇宙の秩序であれば、宇宙が生まれたと同時に神は存在したからである。

実は、一番合理的な解釈をしている宗教はイスラム教である。
さすがに、一番新しい宗教だから、矛盾が少ない。
唯一絶対の神(宇宙秩序)が存在し、マホメットやキリストはその意思を人々に伝える預言者に過ぎないという解釈である。
だから、マホメットやキリストは尊敬に値するが神ではないということになる。

この世の中を見渡すと「人間が作ったもの」ばかりである。
田舎の自然(田畑・野山)もみな人間の加工物だ。
野菜もそう、観賞植物もそう。
手付かずの自然を探す方が難しい。

オリジナルな宇宙意思があって、それを人間が自分たちに都合よく解釈したものが宗教と思う。
イスラム教にしても「自分たちに都合よく」とは考えず、「オリジナルなまま」という教義だろう。
オリジナルでなければ絶対感(高揚感)は得られない。
これが人間の感性であり、宗教の限界だろう。

posted by なすび at 23:47| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月02日

人生のやりきれなさ

農水官僚の元トップが息子を殺した。
40過ぎて無職・引きこもりのドラ息子のようである。

多くの人がそうであると思うが、私も殺した親に同情的である。
一生懸命勉強して東大を出て、また、一生懸命働いて官僚のトップに上り詰めた。
しかし、産んだ子供の素質が悪過ぎた。
「大ハズレ」クジを引いてしまったのである。

優秀な親から必ずしも優秀な子供が生まれるわけではない。
しかし、馬鹿な親から優秀な子供が生まれる確率より高いだろう。
とはいえ、時として「ハズレ」も出る。
そう考えると、子供はリスキーな存在である。

親の人生設計は一人のバカ息子によってぶち壊しである。
永年積み上げた名声も資産もすべて失う。
しかも、それは必ずしも親の責任とは言えない。
単なる偶然、遺伝子配列の悪戯である。

「親の教育がよくなかった」という人もいるだろう。
確かに、そういう部分もあるかもしれない。
しかし、標準以上の素質があれば自立した大人にはなっていますよ。
性格は歪んでいるかもしれないけど(笑)。
キャリア官僚なら子供を有名私大や有名企業にコネで入れることは難しくないだろうし。

要は、自分自身の才能運はあったけど、子供の才能運にはまったく恵まれない人だった。
そういう星の下に生まれてきた人だった。
いかにも哀れで、人生のやりきれなさを感じさせる事件だ。

posted by なすび at 10:36| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

言った方が良かったのか、言わない方が良かったのか

過去を振り返って、言って後悔したことと、言わなくて後悔したことがある。
言った方が良かったのか、言わない方が良かったのか・・・。

今の結論としては、「言っても言わなくても答えは同じ」という感じだろうか。

人間関係において「言われて初めて気がつく」ということは少ない。
大抵は相手の気持ちに気づいていて、相手に沿う行動をとるか、あえて無視するかのどちらかである。
彼や彼女は行動で受け入れるか拒否するかを示しているのである。
だから、言っても言わなくても結果は同じだろう。

「言って自分の気持ちがスッキリするなら言った方がいい」というのが今の結論だ。


【追記1】
 恋愛ドラマなんかでは「ハッキリ言わない」ことにより、話がややこしく(面白く、ロマンティックに)なって行く。
 しかし、現実にはないね(笑)。
 みんな相手の気持ちなんか薄々気がついているのだから。

【追記2】
 何も恋愛に限った話ではない。
 親子関係でも、友人関係でも、ご近所関係でも皆同じだろう。

posted by なすび at 23:36| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月17日

嫌味なオッサン

私は57だから、大半のブロガーは私より若い。
彼らのブログを読んでいて「やっぱ違うな」と感じることは多いのである。

それは、生まれ育った時代が違うから理解できないという類ではない。
彼らが進んだ考えを持っているから、新しい感覚を持っているから理解できないわけではない。
単純に「経験」と「エネルギー」の違いを感じるだけだ。

若者は経験がない代わりに、エネルギーがある。
老人は経験がある代わりに、エネルギーがない。

私にも20代、30代、40代があったわけだから、彼らの言うことは分かる。
無性に行動したくなる感覚も覚えている。
私も同様だったからである。

しかし、50代になった私は共感しない。
もう経験済みで分かり切ったことだから、どうでもいいよ。
そんな疼くような気持ちは、この歳になったら身体から湧いて来ないよ。
ってな感じである。

「あゝ、20代の感覚だなあ」とか「40のときは、そんなことを考えたかも」などと思いながら読んでいる。
若い人からすれば、きっと嫌味なオッサンに違いない。
でも、人間そんなに変わらないから正直な感想だと思う。

posted by なすび at 21:22| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする