2016年10月09日

矛盾を解決するもの

人里離れた山奥や海辺に住む人のブログが楽しい。
私もそのような場所に住みたいからだ。

書斎の窓から樹々や海辺が見える。
周りに誰もいない。
鳥のさえずりや波の音だけが聞こえる。
他人の気配がない静かな環境に憧れる。

しかし、そのような場所に生活するは大変だ。
買い物や外食もできず、日々の生活に苦労するのは目に見えている。
だから、現実に住もうとは思わない。
憧れのための憧れである。

ほどほど便利な場所に広大な土地を持っていれば、不便もせず静かな環境を手に入れることができるかもしれない。
しかし、それには大層金がかかる。
結局、憧れというのは矛盾したものなのだろう。
そして、その矛盾を唯一解決する手段は金ということになる。

posted by なすび at 23:08| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月06日

私の景気

リタイア前に金の計算は入念にした。
金がなくて行動を制約されるのが嫌だったからである。

過去10年以上、収支を記録していたから、自分が無理なく過ごせる日常生活費については把握している。
小遣いを含めても年に200万あれば十分だ。

問題は「遊ぶための金」である。
これは正直分からなかった。
リタイア前も金がかかる遊びをほとんどしていなかったからである。
たまに高い器を買う、たまに高級レストランに行く・・・という程度だった。

ただ、リタイアして時間ができたとき、金がなくてしたい遊びができないのは困ると思った。
だから、生活費以外に「遊ぶための金」もそれなりに見込んだ。
車の買換や家の修繕費も別途積み立てた。

しかし、実際にリタイアしてみると・・・まったく金を使わない。
リタイア前と生活も遊び方も変わっていないからである。
金がかかりそうな遊び(キャバクラ・リッチな旅・ゴルフ・パチンコ・社交・外車趣味など)にほとんど興味が沸かない。
このままでは大枚を残したまま死ぬこと確実である。

どうかと思うが、私の気分が変わらない限りどうしようもない。
日本の景気と同じで簡単には変わりそうもないのである。


【追記】
もっと金があれば、便利な場所に広い土地を買い、好みの家と庭作りをする。
お手伝いさんを雇い、家事を任せる。
庭師を雇い、庭をきれいに保つ。
残念ながら、そこまでの金はない。

posted by なすび at 20:23| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月28日

自分が大事

60歳〜74歳の人に聞いたら、「幸せ」より「お金」が欲しいと答えたようだ。
「幸せ」、「お金」と漠然と聞いたアンケートだから、答えも漠然とイメージされるものなのだろう。

この年代の人に聞いたのだから、「幸せ」とは「よい夫婦関係・親子関係」だろう。
家族との繋がりに基づく幸福である。

一方、「お金」は「個人の自由」を意味するだろう。
働かない自由、旅する自由、恋愛する自由・・・自分が好きなことをする自由である。

要は「家族」より「自分」が大事と言っているわけで何の不思議もない。
独身の私は当然だが、孫がいる80過ぎの母もそんな感じである。

自分が大事・・・今の時代それが自然なのだろう。

posted by なすび at 22:35| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

消費税について

消費税はいいところの少ない税である。

@景気を冷まし、デフレを誘発する。
A金持ちも貧乏人も同じ税率だから、貧乏人に厳しい。
B徴収に手間がかかる。

にもかかわらず、役所が消費税を上げたがるのは不思議でしかたがない。
所得税は取るのが簡単だし、金持ちから多く取れるので、これを上げたらいいと思う。

所得税は過去数年あまり上がった感じはしないが、社会保険料は毎年上がり続けている。
名称は保険料だが、払わないとならないし、止められては困るサービスなので実質は税金である。
これが毎年少なからぬ額上がり続けているのに多くの人が不満を漏らさないのが不思議である。
(会社員時代、給与明細を見ながら文句を言うのは私だけであった。)

消費増税の真の狙いは、社会保険料の上昇を隠すためかもしれない。
店屋で支払う10円の税には敏感な人が、給与天引きされる1,000円の保険料には鈍感である。
鈍感なことをいいことに、「消費税を上げるぞ、上げるぞ」と脅しながら、裏ではきっちり保険料を上げているのである。

posted by なすび at 13:09| Comment(10) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月21日

金を使うなら75歳まで

母は84歳である。
元気で、日常生活はまったく問題がない。
だから、家事全般はおまかせである。

しかし、80前から体力はなくなってきた。
遊びに行っても、食事はうどん・そばで十分、観光地も2〜3ヶ所回れば疲れがみえてきた。
先日も一緒にドライブしたが、食事をし、温泉に入り、シャクナゲ園を観光したら、もう十分という感じだった。

歳をとるとは、そういうことなんだろう。
母は定年まで地方公務員として働いてきたから、年金はそこそこある。
しかし、その金をすべて使い切るだけの体力はもうない。

私は実家に戻って、家に一銭も入れていないが、入れる必要もないのである。
入れたって、母はどうせ使い切れないのだから。

母の行動範囲は家と、庭と、近所の大型スーパーと、近所の友人宅だけである。
あとは家事をして、テレビ・新聞をみておしまい。
食事も高価な肉や魚は欲しくもないらしい。

やはり金を使うなら75歳までだろう。
私は100歳以上生き抜けるマネープランを持っているが、80になったら金など使い道がない気がする。
年200万あれば十分だろう。
今後20年のうちに真剣に金を使いきる決意だが、使いたいことがなくて正直困っている。

posted by なすび at 20:39| Comment(10) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする