2013年08月29日

我慢ゲーム

受験勉強は我慢ゲームです。
十代後半という感受性豊かな時期に無味乾燥な反復練習を強いられます。

一部の優秀な学生は大した我慢をせずに楽々乗り越えるでしょう。
そういう学生は東大などに入学するでしょうから、一流といわれる大学の学生も実は大半は我慢ゲームの勝者です。

この勝者がまた一流といわれる会社に就職します。
一流の会社は企業規模が大きく、社員の処遇もいいのですが、外敵が少ないせいか、概ね内向きです。
何をしたかということよりも、どの上司とよい関係にあるかが重要です。
また、その会社独自の、生産性とは関係のないルールも多数あります。
しかし、勝者たちはこのような無意味なルールに順応することが得意です。
我慢ゲームを乗り切った人たちですから。

新入社員に有名大卒が増えれば、その会社は落ち目だといわれています。
保守的で、内向きな体質(いわゆる大企業病)になった証拠だからです。
確かに、資金も、優れた研究設備も、有能な人材もいるはずの大企業がそうして滅んでいきます。
本当に驚くべきことです。
大企業に勝った中小企業はそのどれも持っていなかったのですから。

でも、それはそれでいいのです。
新入社員から定年近くまで、そのような会社に置いて貰ったら、人生はそこそこ成り立ちます。

みんなそれを狙っています。
実際、自分で何か起こせる人間などほとんどいないのですから。

posted by なすび at 12:05| Comment(2) | 会社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

リタイヤする基準

人は自分の都合よく理論を組み立てるものです。
かくいう私も人付合いが嫌いなものだから、嫌いなものを排除して理論構築します。

日本の会社とは利益追求の目的集団だけでなく、社交を含めた地域集団でもありますが、私は地域集団の部分をダークサイドとみなします。
私にとって社交抜きの目的集団である方が都合がよいからです。

私の理論からすると日本の会社は相当変です。
実力や実績主体の評価ではないし、利益追求と関係のない行事が多過ぎます。
媚が蔓延し、権力欲の強い人や社内ネットワークに長けた人が上になりがちです。
まるで強制力のある町内会のような世界です。

人付合いが得意な人であれば、人に益するのが仕事だから人的評価の配点が高いのは当然でしょという理屈になるのでしょうが、私にとっては、なんと俗で、つまらない集団、やってられない(といいながら在籍28年になりますが・・・)ということになります。

日本の会社は町内会も兼ねていますから、仕事が好き嫌いというより、社交が好き嫌いがリタイヤする基準になると思いますね。
posted by なすび at 19:08| Comment(0) | 会社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月13日

これじゃ勝てんわ/日本は平和だな

ブログ村のサイトをのぞいていると「パーティってごくごく自然に楽しめちゃったりするタイプですか?もしそうならあなたはおよそ高確率で出世できることでしょう。」という記述に目が留まりました。
プロフィールからすると筆者は三十代前半のOLさんのようです。

まあ、私の務めている会社でもその通りで、まったく文句の言いようはないのですが、
・出世の要件が実力や実績ではなく社交性であること
・社会人10年の女性社員が何気に呟く程に常識化していること
を思って、やはりため息が出ました。

ビジネスとはそもそも付加価値を生み出すものではなかったのか?

・これじゃ勝てんわ
・日本は平和だな
という感じです。

posted by なすび at 07:50| Comment(0) | 会社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月02日

よくある姿

私はこのまま独身で終わりそうですが、人並みに結婚していれば、今頃は専業主婦の妻と子供が二人はいそうです。
子供は大学生で、学費と家のローンがあるため、妻は10年位前からパート勤めをしています。
家のローンは返せているかもしれませんが、貯金はさほどないはずです。

60歳まで働けば、64歳の年休支給以降は厚生年金と企業年金で何とかなります。
これからの10年弱が64歳までの生活費と老後のレジャー費用を稼ぐ期間です。
処遇が大きく変わらなければ2千万以上は残せるでしょう。

そのためには年下の上司に頭を下げ、中間管理職のポジションを守らなくてはなりません。
心では馬鹿馬鹿しいと思いながら、若い部下をおだてたり、説得したりしています。
さも会社や経営陣を信頼している様子で、周りと話を合わせてもいるでしょう。

定年近くになると私は生れ故郷が懐かしくなってきます。
そのときは母はもういないでしょう。閉じられた実家の様子や故郷の海が脳裏にチラつきます。
子供は都市近郊で働いています。
都市生まれの妻も私の故郷にまったく興味を示しません。しきりと20年前に買った安普請のリフォーム話をしてきます。
実家に帰りたいなどとはとても言い出せません。

妻が浪費家であったり、子供に問題があれば60歳では終われません。
少なくとも年金が貰えるまでは働く必要があります。
そのときの私はどんな精神状態でしょうか。
プライドもポリシーもなくし、頭を下げるのが習い性になっているでしょうか・・・。

それでも私は満足です。
妻子を養い、子孫を残すことができました。
新婚の頃の妻は可愛かったし、小さい頃の子供たちは目に入れても痛くないほど愛しかった。
彼らのためならこんな安い頭など何度でも下げてやる・・・。

昭和30年代半ばの生まれで、地方出身、中堅以上の企業に勤め、会社も破綻することなく続いた場合のよくある姿です。
posted by なすび at 09:42| Comment(0) | 会社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

出世する人

出世する人は「何が何でも人の上に立ちたい」という欲求の強い人です。
出世のためなら苦労は厭いません。

会社がハードワークを求めるなら残業・休出を厭わず、ある価値観に染まることを求めるなら元々そういう考え方であったように振舞います。
出世して人の上に立つことが目的であって、その他はすべて手段に過ぎないからです。

出世の延長線上にある限り、彼らはとても柔軟に対応します。世の風潮に従って会社方針が変わっても、上司が代わって部署のパワーバランスが変わっても、それらに戸惑うことなく付いて行きます。
彼らにも個人の好みやポリシーはあるでしょうが、大き過ぎる出世の欲求の前ではすべて無視できる事象だからです。

出世という目標がさほど立派でも素晴しいとも思えませんが、大きな欲求は人の行動をシンプルにしてくれることは確かです。
いかに生きるべきかなどとくよくよ悩んだり、時間を持て余したり、そういうこととは無縁の人生でしょう。
私のような欲求の定まらない人間からすれば羨ましい人たちではあります。

こういう人は成功した暁に立派な人生論を語りますが、持って生まれたものなので誰もが真似できるわけではありません。
posted by なすび at 12:09| Comment(2) | 会社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする