2016年10月16日

初めて知ったこと

私の書斎は庭に面している。
開放感があって気分はいいが、夏暑く、冬寒い。
だから、もう炬燵を出してしまった。

母は居間に灯油ストーブを出した。
二人とも年寄だから我慢をしない。

今までは灯油を持って来てもらっていたが、車もあるから自分で買いに行った。
1缶は18ℓで、値段は1,000円程度・・・こういうことも初めて知った。

そういえば、庭にクモの巣が目立つようになった。
大きな巣が幾重にも張られて、歩行の都度頭に引っ掛る。
不思議に思って調べてみると、春生まれたクモが成長して、この時期もっとも大きくなっているとのこと。
身体が大きいから巣も大きくなる。
冬には死んでしまうから、今だけの辛抱である。

これも初めて知ったことである・・・と、炬燵に当りながらこの記事を書いている。


【猫好きのための付録】

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高いところが好きにゃ。

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でも、ここは高過ぎ。

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降ろしてにゃ〜ん。

posted by なすび at 11:37| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月03日

暑い

暑い。
暑過ぎて出歩く気がしない。

10時頃、車で道の駅に行き、弁当と夕食の魚を買う。
あとはビールを飲みながら弁当を食い、パソコンをいじりながら母が作る夕食を待つ。

書斎は裏庭に面している。
雨がまったく降らないので庭は干からびている。
書斎も暑い。

しかたがないので、一日数度、ホースで水を撒く。
残念なことに、それほど涼しくはならない。

元気なのは昆虫だけである。
猫もめっきり訪問しなくなった。

今日はブチ猫が久々の登場である。
私も裸足で庭に下り、頑張って撮影してみた。


ということで・・・【猫好きのための付録】

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セミは美味しいニャ〜

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ちっ、あいつが来た

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ったく〜

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見てんじゃねーぞ


posted by なすび at 12:57| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

庭にくる猫

我が家の庭にはセミ、アゲハチョウ、ハチ、クモなどが常駐している。
遠慮がちに野鳥も訪れるが、まったく遠慮がないのは猫である。

私の書斎は庭に面している。
さほど広い庭ではないから、猫サイズの生き物が動くと直ぐに分かる。

訪ねてくる猫は3、4匹だろうか。
みな単独かつ時間差行動である。
庭で寛ぐわけでもなく、通り道として利用している感じだ。

庭には2、3水鉢があるから、ついでに水を飲んでいくことが多い。
私は水を飲む後姿を書斎から密かに観察する。
カメラを取り出して写真を撮る機会を窺っている。

そんなことは猫も先刻承知だ。
私の動きに注意を払いながら水を飲み、終えると一瞥し去ってゆく。

首輪をしている猫は一匹だけで、他はしていない。
用心深いから野良猫なのだろうか。

生き物を再び飼う気はないから、エサをやったり、手なずけることはしない。
部屋の中から一日数回訪れる猫たちを観察する。
今はそれで満足だ。

posted by なすび at 22:02| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月05日

猫の人気が高いわけ

最近はペットとして犬より猫のほうが人気が高い。
私が子供のころはペットといえば犬だったから、ここ40年で大きく変わったことのひとつだろう。

理由はいろいろ考えられるが、私は騒音に対する意識の変化を挙げる。
犬は吠えるが、猫はそれほど音を出さない。
犬は外飼いが多いが、猫は家飼いが多い。
だから、隣近所の迷惑を気にする人は猫を室内飼いするだろう。

昔はピアノにしても何にしても音を出し放題で、それを注意し難い雰囲気があった。
社会全体が音にルーズであった。
国が発展して、各地で工事や家の新築をしていたからかもしれない。

しかし、最近は無闇に大きな音を立てることはよくないという意識が浸透したきた。
日本自体が落ち着いて、成熟してきたともいえるだろう。

私は騒音に敏感で、たてるのもたてられるのも嫌いなたちだから、この傾向は非常に歓迎である。
私は「騒音=暴力」という認識である。
山の中の一軒家の魅力を挙げるとしたら、まず真っ先に騒音がないということだろう。

posted by なすび at 12:58| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月27日

黒猫に捧ぐ

実家の猫は年齢20歳超の長寿猫である。
大きな事故にも遭わなかったし、老齢になってからは家猫になった幸運もある。
(それまでは庭の倉庫暮らしであった。)
近年観察するに、やはり長寿の生き物は只ならぬタフさを持っているようだ。

ここ数年、食べても食べても太らないのに食欲は一向に衰えない。
驚くほどの量を食べる。

いろいろ不都合があるのか、食事は確かに騒がしくなった。
歯に引っ掛かるのか、咀嚼力が弱くなったのか、身体のコントロールが上手くいかないのか。
前足で皿を蹴飛ばしたり、首を振ったり、大変な様子である。
それでも食事はうるさく要求するし、時間を掛けてしっかり食べる。
食べ終えたら暖かい場所で直ぐ眠る。

淡白な猫なら上手に食べられないし、面倒だからいらないと言いそうな感じだ。
そうして衰え、死んでいく。
多くの人はこの体だろう。

しかし、彼女は決して放棄しない。
ただ真直ぐに自分の食欲を完結しようとするのである。

猫に限らず、長生きする生き物はこのような性質を持って生まれているのだろう。
常人が真似をしようとして真似できるものでもないし、彼らとて止めようとして止めることはできない。

長生きして何になると思うときもある。
ただ生きて、老醜を晒しているだけだと。
しかし、彼女もただひたすら自分の生に従っているだけであって、他人の判断を気にしているわけではあるまい。

生は偶然であり、そこに意義を見出そうとするのは人間の愚考だろう。
要は難しい理屈など考える必要はないということだ。

posted by なすび at 22:20| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする