2016年10月25日

成功について

成功は世俗的である。
出世であり、金であり、魅力的な異性であり、人気である。

人は誰しも成功を望むと思いがちだが、実際はそうでもない。
成功が目の前に止まっているのに、手を伸ばさなかったり、自ら遠のいたりした経験がある人は多いだろう。
理性では成功を求めながら本心では成功を拒否している場合はある。

実際に成功はいいことばかりではない。
いい評判を維持するには自制し続ける必要もあるし、それに囚われて窮屈なことも多い。
有名人にはなりたいが、なってしまえば無名人の自由や気楽さはなくなるのである。

私は若い頃、成功の欠点には思い至らなかった。
若者はとにかく理性で解決できると思うから、成功を拒否する自分を不甲斐なく情けなく思ったものだ。
本心は成功を重苦しく受け止めていたから、それほど乗り気ではなかったのだろう。
結局、それで正解だったということだ。

posted by なすび at 20:36| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
元外務省と拘置所にいた佐藤優が言ってましたが
数千万単位のお金ならほっといてくれるが
数十億や数百億儲ける人には検察や国税庁、公安などが黙っていない。
世の中を動かす力になるから少しでも不穏な動きがあれば徹底的に調査し
僅かな罪でも罰しようとすると。

昔で言えば田中角栄、金丸伸、最近ではホリエモンでしょうか。
お金は権力と結びつきやすいですからね、警戒されるのでしょう。
又、そうでない人も嫉妬や妬みなど受けます。
人は羨望のまなざしで見てくれるわけじゃないんですね。

周りがわからないぐらいの慎ましく豊かな生活が丁度いい。
「足るを知る者は富む」
この年になるとそう思います。
Posted by バッタモン at 2016年10月26日 08:28
バッタモンさん

やはり自分の「分」というものはありますね。
それを超えても幸せにはならない気がします。

若い頃はそういうことは受け入れられません。
少しでも可能性があれば上へ上へと昇りたがります。
しかし、一方では「分」に気付いている自分もいて、自分の中で葛藤が起きます。
私はその葛藤に苦しみましたが、これは個人差のあることでしょう。

誰にも指図されず、金に苦労しない生活、気儘で静かな生活・・・これが私の「分」であり、今は実現できている気がします。

Posted by なすび at 2016年10月26日 10:40
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