2016年06月09日

そんなことか、つまらない

若いころ、私は「おべんちゃら」に弱い人間だった。
「おべんちゃら」を言われると、単純に自分のことを高く評価してくれている、自分の真の姿(?)を分かってくれていると思い、その人を信用したものである。
実際は私に多少利用価値があり、私から利益を引き出したくて持ち上げただけだろう。

しかし、私にはそれが分からなかった。
私自身「おべんちゃら」を言う習慣がなかったからだ。
多少の損得のために、心にもないことを言うなんて思いもよらなかった。
だから他人が私を褒めると、すべて本当のことと勘違いしたのである。
もちろん、それが自分にとって都合がよかったこともある。

やはり人間は自分のすることを基準に他人を見るしかない。
自分がしないことは他人もしないと思う。
また自分がすることは他人もすると思う。
それしか方法はないので概ね間違いではなかろう。

若い私に問題があったとすれば、私に「おべんちゃら」を言う習慣がなかったことだろう。
一般的にいえば「プライド高過ぎ」な若者だったと思う。

この性格によって損をしたことは間違いない。
人に騙されて金銭を失ったこともある。
先輩に遠ざけられ、よいポジションを貰えなかったこともある。

リタイア後、実家に帰って母と接するに、どうもこの性格は私の家族に共通のものらしい。
遺伝子なのか、家庭環境なのか、とにかく家から引き継いだことは間違いなさそうだ。
私の若かりし頃の悩みのもとは結局「家庭の習慣」を引き継いだだけのことである。

そんなことか、つまらない。
過去にそれなりに悩み苦しんだだけに何だかがっかりである。

posted by なすび at 21:34| Comment(8) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もおべんちゃらは言えません。
無理に言おうとすると相手をおちょくっているように聞こえるようで
遠ざけられますね(笑)
そう言う人は組織の中では不利ですよ。
私も現役時代随分損をしました。
今は本音で話します。
Posted by バッタモン at 2016年06月10日 09:37
バッタモンさん

自分個人の欠点だと思っていたことが、実は家族の欠点であった、あるいは影響や反発だったと確信することがあります。
結局、人は持って生まれたものの影響が強いのでしょう。
若者は自分の欠点を一個人として直そうとしますが難しいですね。
欠点を棚上げして開き直ったほうがハッピーになれそうです。
私は若者ではないし世間に気を使う必要もないので完全に開き直っていますが(笑)。
Posted by なすび at 2016年06月10日 10:13
こんばんは。

私は、自分を認めてもらいたい気持ちが強く、認められるととてもうれしいタイプです。

そして、他の人も認められると嬉しいだろうと思います。

だから、「○○さん、それいいです」とか「素敵だと思う」とか、けっこう言う方です。

損得で言っているわけではないですが、やはり、八方美人ですね。

それによって良い関係になる人もいれば、

たぶん、白々しいと思われ、距離を置かれる事もあったと思います。

でも、それが自分だから、自分なりの人間関係をつくるしかないと、

今は八方美人を自然体でやってるつもりです。

家族の影響ってことでは、私は「遺伝子の限界の中で個々が努力する」ととらえています。

自分の兄弟、自分の子供たちをみても、子供のころはかなり性格も異なり、

能力差もありましたが、大人になってみると、ほぼ同レベル、

似たような人生を生きています。
Posted by 夕焼け at 2016年06月11日 00:30
夕焼けさん

社交を円滑にする習慣として「褒める」は悪くないと思います。
変な下心もないでしょうし・・・結構なことだと思います。
「おべんちゃら」はもう少し下心がある感じでしょうか。
いずれにしても、私は「人を褒めること」自体が苦手でした。
きっと心が狭いのだと思います。

遺伝子や環境の影響は絶大ですね。
若いころの私はそれを超えたいと願っていました。
だから、母を見てため息が出るのですが、それは「無駄な苦労をしていたな」という感慨です。

この歳になって振り返ると「無駄な苦労」は本当に多いです。
無駄な苦労が少ない若者とは相当素質がいいのでしょう。
Posted by なすび at 2016年06月11日 00:58
本当と嘘、思い込み、勘違いなどあるから複数の意見から判断するしか有りません。私も愛想が悪くマイナスが多い人生でした。へんこつ者には好かれました
Posted by たんちん at 2016年06月11日 10:32
たんちんさん

やはりリタイア村には偏屈者が多いですね(笑)。
そうでない人は進んでリタイアなどしないでしょうから当然です。

私もマイナスは多かったと思います。
が、同時にプラスを貰うために気遣いするのも嫌です。
だから、これでいいのでしょう。
いまは人に好かれたいという気持ちはほぼありません。
Posted by なすび at 2016年06月11日 10:47
僕はほめられても話半分に聞いてました。
なので営業で自分がおべんちゃらを言うのもすんなりできました。
これも遺伝とか家庭環境なのかな?
Posted by 招き猫の右手 at 2016年06月12日 21:38
招き猫の右手さん

やはり性格(遺伝・家庭環境)でしょう(笑)。

ところで、「おべんちゃら」を言うのは得意だが、言われる「おべんちゃら」を真に受ける人はいるのでしょうかね。
たぶんいないと思いますが、いたら相当な自己矛盾を抱えた大人物かもしれませんね。
Posted by なすび at 2016年06月12日 22:03
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