2021年02月02日

イギリスに翻弄された人生

ミャンマーで軍事クーデターが起きた。
ノーベル平和賞受賞者で民主化の象徴とされ、現政権トップだったアウンサンスーチー女史が拘束された。

ミャンマーは戦前イギリスの植民地だった。
スーチーの父は軍人(アウンサン将軍)で、独立に功績のあった人だ。
父母親戚ともミャンマーでは家柄のいい、いわゆるお嬢さんだったようだ。
父は独立前に暗殺されたが、軍事政権下で母はインド大使なんかになっている。

スーチーは元の宗主国であるイギリスに留学し、イギリス人と結婚した。
ここでイギリス政府に目を付けられたんだろう。
このお嬢を利用して、再びミャンマーにイギリス利権を作れないかと。

母の葬儀に帰国したスーチーはイギリスの期待に応え、民主化運動を行い、軍事政権を批判した。
ある意味、自分の出身母体を売った形だ。

その罪で長年、ミャンマー軍事政権に拘束され、軟禁状況だったが、イギリス政府の計らいでノーベル平和賞を貰った。
国際社会の後押しで、政権を取り、国の代表にまでなった。
ここまでは、イギリスとスーチーのタッグが成功したことになる。

おかしくなるのはここからで、イギリスがロヒンギャ問題でスーチーを批判するようになった。
傀儡だと思っていたスーチーがイギリスの思うように動かなかったからだろう。
ミャンマー国内の利権をイギリスに渡さなかったからだろう。

イギリスの後ろ盾を失い、イギリス(国際社会)に批判されるようになれば、後進国の民主化など脆い。
軍事政権が息を吹き返し、元の木阿弥である。
イギリスのことだから、スーチーを見限って、軍部と手を結んだ可能性もある。
軍部もこのままではジリ貧だから、イギリスに多少利権を渡す決断をしたのかもしれない。

イギリスに翻弄されたのがスーチーの人生だろう。
政治活動などせず、おとなしく後進国の富裕層として生きた方がよかったようにも思える。
しかし、殺されることなく、ノーベル賞を貰い、国のトップにもなれたのだから、今の人生も悪くないようにも思える。
ちなみに、スーチーにはアメリカに住んでいる実兄がいて、彼は妹の政治活動に反対し続けたようだ。

【追記】
 「イギリスのことだから、スーチーを見限って、軍部と手を結んだ可能性もある」はどうも間違いのようだ。
 政治不得手のスーチーのスキをついてジリ貧軍部が反逆した内紛というのが正解のようである。
 軍部の背後に中国がいると言われたりもするが、スーチーも中国には友好的だった。
 (だから、イギリスに嫌われた?)
 中国としてはスーチーでも軍部でも言うことを聞いてくれたら、どちらでもいいという感じだろう。

posted by なすび at 12:17| Comment(4) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする