2019年09月01日

宗教について

私は無宗教者だが、宗教自体を無意味なものとは考えていない。
宗教とは人間が心の安寧を得るために作った哲学の一種と思っているからである。

宗教によって救われたと思う人がいれば、それは結構なことである。
また、宗教によって人助けをしたいという気持ちが芽生えたのであれば、それは社会にとって有益なことだろう。

これらは私だけでなく、日本人の多数派の宗教観だろう。
しかし、本当に信心がある人はこのように考えないだろう。
自分たちが信じている神は人が考え出したもの・・・これは容認しない。
容認してしまえば、絶対感(高揚感)が得られないから、宗教自体が成り立たない。

私も人智を超えた宇宙の秩序のようなものはあると思う。
それを神と名付けてもいいが、それが3000年前に現れた釈迦であるとも、2000年前に現れたキリストであるとも思わない。
宇宙の秩序であれば、宇宙が生まれたと同時に神は存在したからである。

実は、一番合理的な解釈をしている宗教はイスラム教である。
さすがに、一番新しい宗教だから、矛盾が少ない。
唯一絶対の神(宇宙秩序)が存在し、マホメットやキリストはその意思を人々に伝える預言者に過ぎないという解釈である。
だから、マホメットやキリストは尊敬に値するが神ではないということになる。

この世の中を見渡すと「人間が作ったもの」ばかりである。
田舎の自然(田畑・野山)もみな人間の加工物だ。
野菜もそう、観賞植物もそう。
手付かずの自然を探す方が難しい。

オリジナルな宇宙意思があって、それを人間が自分たちに都合よく解釈したものが宗教と思う。
イスラム教にしても「自分たちに都合よく」とは考えず、「オリジナルなまま」という教義だろう。
オリジナルでなければ絶対感(高揚感)は得られない。
これが人間の感性であり、宗教の限界だろう。

posted by なすび at 23:47| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする