2018年11月23日

車は無駄という虚しい議論

車は無駄という記事はブログ村でも常連である。
私はそういう記事を見るたびにため息が出る。
記事の狙いが虚しい構造になっているからだ。

車を持つ持たないの基準はハッキリしている。
「車があったらなあ」と思うことが月数回であれば我慢できるし、週2〜3回であれば持った方がいい。

実際、車を持っている人の大半がそういう基準で決めている。
なくても済むのに持っている人はそれほど多くはない。

なくても我慢できる環境にいながら持っている人の大半は、「車が好き」「経済的に余裕がある」という確信犯である。
それほど余裕がないのに何となく持っている人は全体の数%だろう。

その数%の人を啓蒙するために、定期的に記事が生産されているのだろうか。
恐らく、書き手はウケるから書いているだけだろう。
誰にウケるか。
啓蒙すべき数%の人ではなく、「なくても我慢できる環境にいて、車を持っていない人」にウケるからである。

啓蒙目的のように見えて、実は、持っていない人が持っている人を嘲笑するための記事に成り下がっている。
だから、虚しいのである。

posted by なすび at 12:01| Comment(14) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする