2018年10月26日

時代を超えられない

私は流行り物が嫌いで、そういうものに直ぐ飛びつく人を軽蔑している。
評価が定まって時間を経たものが好きで、そういうものを尊重している。
このような性分は子供の頃からで、57になっても変わっていない。

こんな人間でも今という時代を生きている限り、時代の影響を強く受けている。
俗な言葉で言えば「時代を超えられない」。

若い頃は分からなかったが、この歳になって過去の自分の所業を思い返すと、「なんでこんな変なことをしたんだろう」と思うことがしばしばある。
そして、その変なことをしていたのは私だけではなく、その時代の多くの人もそうであった。

ダーウィンの「進化論」も、産業革命の時代の風潮に大きく影響を受けているという。
ドーキンスの「利己的な遺伝子」もそうかもしれない。
こういう感覚的な理論はマッチした時代にはそうとしか思えないが、少し時代が変われば馬鹿々々しいとしか思えないこともある。

私は今それなりに考え、「これでいい」という自分なりの基準を持っている。
正直、これも怪しいものだ。
また、10年、20年経って思い返すと、やはり時代に流されていたと感じるだろう。

人は時代を超えられないものだ。
私のような凡人だけでなく、天才もまたそうだろう。


【追記1】
 私は高校時代、「小さな恋のメロディ」という映画にハマった。
 映画にハマったのは、それが最初で最後である。
 もちろん、ハマったのは私だけでなく、当時(1970年代)の中高校生の多くがハマった。
 今思い返すと、ロンドンの小学校高学年の青春物で、他愛もない映画である。
 それでは、なぜハマったのだろう。
 私はヨーロッパへの憧れと都会への憧れだと思う。
 当時の地方はこの二つへの憧れが強かった。
 それが弱まれば、この映画の魅力はほとんどない。

【追記2】
 大学の卒業旅行でヨーロッパに行った。
 1980年代半ばである。
 2月の寒い中、映画の舞台になったロンドンのランベス地区を歩き回った。
 この辺りを境にヨーロッパに対する憧れが弱まった。
 イギリスは力を失っていたからであるが、同時に日本が強くなっていたからである。
 時事に疎い若者にも時代の気配は確実に伝わっていたのである。

posted by なすび at 13:49| Comment(4) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする