2018年10月31日

悲惨な団塊ジュニア

私は64歳から年金(厚生部分)が貰える。
あと7年である。

さすがに、これだけ近づくと凡その想定は可能である。
年金は時期・額ともに予定通り支払われるだろう。
そして、支給が始まってからも十数年は大きく下がることはないだろう。

これはすべて団塊ジュニアのお陰である。
彼らは70まで働くだろうから、私の年金も80くらいまでは大丈夫だ。

しかし、80以降は減額を余儀なくされるだろう。
一番の支え手である団塊ジュニアが支えられる側に回るからである。

どれぐらい下がるんだろう。
下手したら労働者一人が高齢者一人を支えることになるかもしれない。
そうなると、2〜3割減で済むかどうか。

今の50代後半は男でも80以上生きる人が多そうだ。
そうなると、80以降のために金を残しておく必要がある。
我々の世代でもこんな感じだから、若い人はもっと入念な準備が必要だろう。

それにしても悲惨なのは団塊ジュニアだ。
しっかり払って貰える額はわずか。
親の団塊世代は結構な年金を貰っているから、「子のために、しっかり残しとけ」と言うしかない。


【追記】
 2040年、私が80になる頃の人口ピラミッドだ。
 団塊ジュニア(というか、それ以下の世代)がいかに悲惨か分かるだろう。
2040.png

posted by なすび at 07:34| Comment(2) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月29日

スタバの威力

私はスタバのプリペイドカードを持っている。
5年以上前、会社の忘年会の「くじ」か何かで貰ったものだと思う。

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関西にいるうちに使ってしまう予定だった。
地方の実家に帰ったら、スタバの数が少ないことを知っていたからだ。
しかし、内勤の50男がスタバというか喫茶店全般を利用する機会は少ない。
よって、使わずじまいで実家まで持ち帰った。

今日は隣町の駅前を歩いたが、ここにスタバがあることは知っていた。
だから、使えるかどうか分からないカード(もう5年以上前のカードだから)を持ち出してみた。

私「このカード使えますかねえ」
店「ええ、使えますよ。千円ですね。プレゼントで貰ったんですか」
私「まあ、そうです。貰ったのは随分前だから」

地方でスタバのカードを使う人が珍しいのか、店のお姉さんは随分と親しげに話してくれた。
やはり、若い女性に好意的に話されると、男としては嬉しいものだ。

私はコーヒーを持って通りに面した席に座った。
見える風景はオシャレでも何でもない地方の駅前風景である、
それでも一瞬都会にいるような気にさせるからスタバの威力は大したものだ。

posted by なすび at 19:45| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月28日

知らない街

ちょっとヨーロッパに行ってきた。

DSC_2936.jpg

てなことはなくて、家から1時間ほど離れた公園である。
こじゃれた公園ではあるが、市自体はごくありふれた普通の市だ。

この日も暇つぶしに「ドライブ+ラーメン」をしてきた。
それだけでは寂しいので、市の繁華街を散策した。

私は県内の観光地に詳しい。
だから、観光地周辺の地理はよく分かるが、繁華街というのは盲点になる。
離れた市の繁華街など歩かないものだ。

本当は観光地より繁華街の方が面白いかもしれない。
そこには現在の生きた生活があるからだ。

この市は私の市より多少都会である。
かつては結構栄えていたが、今や寂れが急速だ。
私の市より人口減少は激しい。

一言で言えば、データ通りの印象の繁華街である。
大きなビルがあると思ったら、少し先の商店街はシャッター街になっている。
建物も全般的に古びている印象だ。

30分ほど歩いたら疲れてしまった。
何があったわけでもないが、知らない街を歩くのは楽しいものだ。
観光地も行き尽くしたし、今後は街歩きと行こうかな。

posted by なすび at 08:04| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月27日

会いたかった

今や落ち目だが、AKB48の曲では「Everyday、カチューシャ」が好きだった。
水兵さんのように敬礼しながら踊る姿が可愛かったからかもしれない。
しかし、代表曲はというと初期の「会いたかった」を挙げざるを得ない。

AKBというのは、学校で人気がある女の子のように実際に見ることができ、たまに話すことができるアイドルが欲しいという男子の願望と、アイドルになりたいが、メジャーなプロダクションが相手にしてくれない女子の願望が合致した存在である。
学園の文化祭でダンス・パフォーマンスをする女子とそれにハマった男子・・・そんな存在である。
そういう雰囲気が感じられるのが以下の動画だ。


何事も初期の作品には本質が色濃く表れるもので、「会いたかった」もそうである。
AKBの本質である「学園祭的ノリ」がよく出ている楽曲であり映像だ。

それはマイナーゆえに持つ魅力であり、メジャーになれば失うものである。
上手くやればお付き合いできるかもしれない存在ではなくなるからだ。
自分の範疇から離れてしまえば、男子の興味は急速に失せる。

今こういうマイナーな魅力を放っているのは「コスプレ女子」だと思われる。
10代の世間知らずの女子が際どい格好をして男性の視線を集めている。
双方の欲望が生々し過ぎて目を逸らしたい気もするが、これが若いということなんだろう。

posted by なすび at 08:09| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月26日

時代を超えられない

私は流行り物が嫌いで、そういうものに直ぐ飛びつく人を軽蔑している。
評価が定まって時間を経たものが好きで、そういうものを尊重している。
このような性分は子供の頃からで、57になっても変わっていない。

こんな人間でも今という時代を生きている限り、時代の影響を強く受けている。
俗な言葉で言えば「時代を超えられない」。

若い頃は分からなかったが、この歳になって過去の自分の所業を思い返すと、「なんでこんな変なことをしたんだろう」と思うことがしばしばある。
そして、その変なことをしていたのは私だけではなく、その時代の多くの人もそうであった。

ダーウィンの「進化論」も、産業革命の時代の風潮に大きく影響を受けているという。
ドーキンスの「利己的な遺伝子」もそうかもしれない。
こういう感覚的な理論はマッチした時代にはそうとしか思えないが、少し時代が変われば馬鹿々々しいとしか思えないこともある。

私は今それなりに考え、「これでいい」という自分なりの基準を持っている。
正直、これも怪しいものだ。
また、10年、20年経って思い返すと、やはり時代に流されていたと感じるだろう。

人は時代を超えられないものだ。
私のような凡人だけでなく、天才もまたそうだろう。


【追記1】
 私は高校時代、「小さな恋のメロディ」という映画にハマった。
 映画にハマったのは、それが最初で最後である。
 もちろん、ハマったのは私だけでなく、当時(1970年代)の中高校生の多くがハマった。
 今思い返すと、ロンドンの小学校高学年の青春物で、他愛もない映画である。
 それでは、なぜハマったのだろう。
 私はヨーロッパへの憧れと都会への憧れだと思う。
 当時の地方はこの二つへの憧れが強かった。
 それが弱まれば、この映画の魅力はほとんどない。

【追記2】
 大学の卒業旅行でヨーロッパに行った。
 1980年代半ばである。
 2月の寒い中、映画の舞台になったロンドンのランベス地区を歩き回った。
 この辺りを境にヨーロッパに対する憧れが弱まった。
 イギリスは力を失っていたからであるが、同時に日本が強くなっていたからである。
 時事に疎い若者にも時代の気配は確実に伝わっていたのである。

posted by なすび at 13:49| Comment(4) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする