2018年05月05日

隠れキリシタン

隠れキリシタンの集落が世界遺産になるようである。
しかし、隠れキリシタンとは不思議な存在だ。
幕府から禁止されていたにもかかわらず、200年以上にわたって信仰を守り続けたのだから。

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200年といえば10世代以上だろう。
管理統制の行き届いた日本社会で、これだけの期間見つからないなんてあり得ない。
また、それだけ隠し通さないといけない危険な信仰を10世代も維持できるとは思えない。

素朴な疑問が発生するときは、たいてい歴史のほうが間違っている。
(例えば、日本軍に強制連行さたと言うが、自分の娘や姉妹が連れ去られるのを当時の朝鮮男は黙って見ていたのだろうか。)

確かに江戸初期は強烈なキリシタン弾圧があった。
外国人宣教師が植民地支配の先兵となっており、一部の大名とつるんで密輸や人身売買をしたからである。
キリスト教徒は外国の侵略勢力の一部とみなされ、危険視された。
しかし、鎖国が徹底した以降は外国勢力との連携が断たれ、それほど危険なものではなくなった。

また、キリシタンも世代を経るごとに教義が変容し、日本的なものになった。
ほとんど洋風味のついた土俗信仰になっており、もはや一神教のキリスト教とはいえないものになった。

以上の理由から、幕府も江戸中期以降、取り締まりのゆるい黙認状態になったのではないか。
事実上の禁教解除である。
よって、隠れキリシタンもそれほど恐れることなく信仰を維持できたのだろう。

私の考える歴史・・・隠れキリシタンはキリスト教徒と呼べるものではなく、中期以降、幕府の弾圧もほとんどなかった。

でも、辛い禁教に何世代も耐え、本来のキリスト教義を守り続けたキリシタンのお手本でなければ、世界遺産にはしてもらえないな(笑)。

posted by なすび at 11:05| Comment(2) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする