2016年07月13日

働きたいとは思わない

リタイアして半年近くになる。
そろそろ退屈し始めたが、再び働きたいとは思わない。
私は会社組織が大嫌いだからだ。

一人でビジネスをする気もない。
会社や人を訪ね、営業するのが嫌いだからである。

要は人に頭を下げるのが嫌いなのである。
それをしないで済むなら、退屈死しても、鬱屈死しても構わない。

私は55でリタイアしたが、直前の2、3年は楽しくなかった。
金と自身の踏ん切りを付けるために会社に通っていた。

自分がしたい仕事は40後半から50にかけてできた。
思い残すことも少ない。

我慢した甲斐もあって、金の心配はいらない。
だから、退屈したり鬱屈したら、散財し、酒を飲んでやり過ごすつもりだ。

posted by なすび at 22:03| Comment(4) | リタイア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

とりとめのない話

相変わらず地元観光を続けている。
他にしたいことがないのだからしかたがない。

最近は雨が降ったり、暑かったりで、移動はもっぱら車である。
3000キロ以上走っているのでデミオにも随分と馴染んできた。
コンパクトカーは小回りが利いて、燃費もいいので便利だ。

地方平日の観光地は人が少ない。
それがいい。
有名な観光スポットには案内のおじさん、おばさんがいる。
リタイアしたボランティアだろう。
彼らも暇だから同じく暇な私に付き合ってくれる。

私は歴史好きで、下調べもするタイプなので、彼らの表面的な説明では満足できない。
つい突っ込んだ話題を振って彼らを困らせている。

地方といえども観光地はきれいに整備され、無料ガイドまでいる。
無料で見せてくれる場所も多い。
日本は余裕のある国だ。

私はボランティアをするほど人間好きでも勤勉でもない。
退屈すれば家で酒でも飲んでいるだろう。

しかし、私のような人間ばかりでは詰まらないので、ボランティアをする人も必要だ。
世の中、私の邪魔にならない限り、いろいろな人がいた方がいい。

何だかとりとめのない話になった。
私の生活がとりとめがないのでしかたがないだろう。

posted by なすび at 17:41| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月09日

選挙には行くつもり

明日は参院選である。
焦点がなく盛り上がりに欠けている。

私の選挙区は自民と左翼政党の戦いである。
左翼は嫌いなので自民に入れるのが筋だろうが、ネットで調べてみると自民の候補者も怪しい。
危ない人たちとお付き合いもある感じである。
選挙区は白票にしようかな・・・左翼が勝つことはなさそうだし。

比例区は悩ましい。
「日本のこころ」に入れたいが、「青山繁晴」も応援したい。
青山はトップ当選との噂もあるから、苦戦している「日本のこころ」に入れてあげようかな。

母親に聞いたら「生活」は知っていたのに「日本のこころ」は知らなかった。
情報源はテレビ、新聞という典型的な老人だから、やはりマスコミが悪い。
マスコミは金持ちの味方だから、金に転び難い政党が嫌いなのだろう。

投票場は私が通った小学校である。
道すがら見ることはあっても、校内に入るのは卒業以来かもしれない。
選挙自体のテンションは上がらないが、学校訪問のため選挙には行くつもりだ。

posted by なすび at 19:58| Comment(4) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

賢くない私

実家に帰って何十年ぶりかに母と二人暮しを始めた。
正直「こんな人だったのか」と驚くことは多い。
子供時分の記憶と繋げていくと「なるほど」と納得する。
そして、この母の子供だから私も姉もこの程度かと諦めたりするのである。

世に少数の立派な人がいるが、きっと親が立派なのだろう。
なかなか「藍より青く」はなれないものだ。

私は頭のいい友人が欲しかった。
一を聞けば十を知るような人と友達になりたかった。
まあ、頭がいいのだから立派な大学を出て、立派な就職もしているだろう。

しかし、それだけではない。
世の理が分かり、理屈を理解し、理想も分かり、現実も理解し・・・何より自分をよく知っているだろう。
本当は自分がそんな人になりたかった。

そんな人はこの世のどこにいるのだろうか。
私は大手といわれる会社に勤め、そこで出世したり、学歴が高い人とも接したが、残念ながらお目にかかったことはない。
大学で研究でもしているのだろうか。
一人世を離れ、孤高の生活をしているのだろうか。

きっと賢い人は賢い人同士つるんでいるのだろう。
賢くない私には関りのない世界があるはずだ。

posted by なすび at 22:40| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日

相続と介護について

昔は親の遺産を長男が相続するのが普通だった。
その他の子供は結婚・独立時に多少まとまった金を貰って、それでおしまいである。
その代わり親の面倒は長男がみる。

最近は男女後先を問わず、みな平等である。
みな等しく相続する権利を持つ。
それではみな等しく親の看護や費用負担ができるのか・・・無理だろう。
長男や親の近くに住む子、責任感が強く心優しい子に負担が偏ると思われる。

貰うときには平等を主張するが、負担するときは理由をつけては誰かに押し付けようとする。
法はそれを適切に処理することができない。
法の問題点である。

親にとっては戦前の長子相続の方がよい制度だと思われる。
権利と義務を持つ対象がはっきりしているので安心して世話になることができるからだ。
遺産を渡す代わりに面倒も見てもらう・・・明朗なシステムである。

私の家は母がおり、独身の私、嫁に行った姉の構成である。
父が死んだとき姉にはある程度の金を渡してある(愚かな父の希望であった)。
私は姉の性格を知っているので、母の介護について大きな期待はしていない(兄弟は親のように希望的観測を持たない)。
こういう話は兄弟でも(だから)し難いだろう。
しかし、すべてを私に投げられても困るので機会を見てジャブを入れるようにしている。

posted by なすび at 17:56| Comment(6) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする