2015年10月16日

年金繰下げについて

早期退職して年金140万の男がいるとする。
それなりの資産はあるが、独身だから、金を残す必要がない。
死んだとき残金0という状態が理想である。

彼は70以降、年200万で暮したいと考える。
65から貰える年金を70まで繰下げると、大体その額になる。
70以降はまったく金の心配が要らない。
せいぜい緊急用のストックをいくらか握っていればいい。

確かに、65から素直に貰った場合に較べると、損は損である。
年金が増えると税・国保も累進的に増えるから、損益分岐点は85歳程度になる。
平均寿命より5年は長生きしないと、繰下げて得にはならない。

しかし、70以降は金の心配が要らないという「安心感」はある。
また、85以降は「死に金」がない状態になる。
死んだときには緊急の金だけが残っている状態だろう。
これはこれで悪くはない。

だが、平均より5年も長生きするのは大変である。
80では6割の人が生き残っているが、85になると4割に下がってしまう。
また、65から普通に貰った人に比べ、ストックが少ないから、余命1年と宣告されても豪遊はできない。
年200万以上には身動きが取れないのである。

65歳の時点でスタンスを決めてしまったから、70以降は計画的にしか生きることはできない。
「安心」と「85以降の死に金なし」を得た代わりに、「長生き目標」と「計画性」が求められることになった。

以上は国が政策を変えない場合だが、財政が悪くなれば年金収入に対する課税も増えるかもしれない。
そうなれば、国の施策にも「怯え」なければならない。

だが、繰下げせず、ストックがある人は金の管理が必要だし、ボケてしまえば悪い親戚に使い込まれる恐れもある。
これもこれで「恐ろしい」ことだ。

年金は「通常」がいいのか、「繰下げ」がいいのか・・・本当に考えることは多いのである。


【後記1】
 私自身はいまのところ「通常」で行くつもりである。
 長生きに自信がないのと、ストックに多少余裕があるからだ。
 「死に金」よりも「自由裁量」を採りたい気分だ。

【後記2】
 考えてみれば、「繰下げ受給」とはストックをフローに変換する試みともいえる。
 選ぶにしても、選ばないにしても、機会は一度である。
 選んだら、あとは国まかせ(人まかせ)・・・なんだか、「投資マンション」を買うようでもある。

posted by なすび at 00:04| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする