2015年09月30日

子供がいないということ

子供がいないのは一般的には残念なことだが、その人が属する組織にとってはプラスであることが多い。
仕事人生の後半に地位や金に執着することが少なく、仕事のための仕事をしてもらえるからだ。

彼には金を残すべき対象がいないし、父親の出世を共有する対象もいない。
純粋に会社のため、自分の美意識のために仕事をするケースが多いだろう。
だから、醜い社内政治や出世競争から一線を引くのである。
それは組織を健全に保つには大変よいことである。

汚職天国の中国でも子供がいない官僚は汚職をしないという。
まったくしないわけではないだろうが、自分と親や妻が贅沢できる程度で止めてしまうのだろう。
リスクを冒して汚職をしても、残すべき対象がないのだから、どこかで歯止めが利く。
兄弟やその子供のために無理をする人は少ない。

日本では安倍総理は子供がいない。
夫婦とも生まれながらの資産家だから、子供を産まないと決めた時点で、出世のための出世は念頭から外れているだろう。
彼が今、日本の総理という面倒な重労働をしているのは、政治家として何かを残したいという個人の美意識だろう。
一回目に失敗したから、リベンジで名誉挽回したいという気持ちだけかもしれない。
安倍政権の施策に問題がないわけではないが、「利権の遺産」を子に残す気がないから、比較的クリーンであることには確かだと思う。

私自身30後半で「結婚は無理」という感じがしたから、それ以降、子供を持つことは基本考えなかった。
だから、仕事は自分の美意識、やりがい、納得が主軸になった。
それで、ある程度収入が得られたら「よし」と考えていた。
上に上げてもらいたくて上司に媚びたこともほとんどない。
結果、大して出世もしなかったが、害をなすことも少なかったと思っている。

子供がいないということは当人は残念な気もするだろうが、組織のトップになる人には「いないほうがよい」と思う。
子供に後を継がせたくて晩節を汚す政治家、経営者は本当に多いからである。

posted by なすび at 17:22| Comment(12) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする